こんにちは「スマイルハウス」です。
8月ですね!!
梅雨も明けて…いよいよ夏の暑さになってきました。
いやぁ~暑いっす!!
《゚Д゚》
熱中症や熱射病…などなど気をつけて下さいませ!
水分補給は忘れずに~
さて、8月に突入と言う事で…前に書いた「歴史上出来事」シリーズです。(笑)
今回も国内になるべく絞って、一部ですが書いてみたいと思います。
お暇なら~読んでね♪
【8月の出来事】
1日
徳川家康が「江戸城」に入りました。
当時、国の中心と言えば「京都」でした。
江戸(東京)はこの頃…関東平野が広がる…未開の地…
今で言うと「ド田舎」です(笑)
家康が江戸を開かなければ、現在の日本首都は「京都」であった可能性も高いですよね。もしくは「大阪」とか…
3日
豊臣秀吉が「ねね(おね)」と結婚の儀
ドラマではヒロイン位置になるので、数々の女優さんが彼女を演じています。
旦那の留守を守るのが嫁の役目スタンスで、歴史上で頼れる奥さん像の一人ですね。
4日
この時期には大切な(笑)
日本初のビヤホールが誕生しました。
誕生させたのは現在の「エビスビール」らしいです。
場所は東京「銀座」でした。
ビヤホール自体は海外での歴史はかなり古いみたいで…
その始まりは…なんと紀元前!
Σ(゚д゚lll)
メソポタミア文明の「バビロニア王国」だそうです。
そんなに遥か昔からあったのね…
6日
この日は日本にとって…日本人にとって決して忘れてはいけない日となりました。
広島に原爆投下
一瞬にして数十万人の犠牲者を出し、広島の街は焦土と化しました。
しかし、その凄惨な出来事を教訓とし、唯一の被爆国として、二度とこのような悲劇を繰り返させない為…
この日を凄惨な日では無く、平和の象徴とする…
「広島平和記念日」
として定めました。
広島原爆ドームを訪れた時のブログはこちら
↓↓↓↓↓↓↓↓
12日
大岡越前守忠相を奉行に任命。
名裁き「大岡越前」の誕生です!
ドラマやお芝居で有名な名奉行です…
奉行として19年間を務めたそうです、裁いた件数はなんと約25万件!!
そりゃあ、こんだけ裁けば…名裁き…生まれますわな(笑)
13日
徳川吉宗…八代将軍に!
先程の大岡越前に引続き…ドラマ&演劇の部門の大御所が引続き誕生(笑)
徳川八代将軍…
「暴れん坊将軍」です!
実際に吉宗がいなければ、徳川家は7代で終わっていたかもしれないと言われる程の手腕を見せた名将軍らしいです。
18日
豊臣秀吉が没
天下統一を成した秀吉はこの日に亡くなりました。
先程は「ねね」との結婚の話も出て、何かと縁がある月でした。
同日、大阪城の天守閣に巨大な落雷があったことも記されています。
秀吉の呪いなどとも言われているそうですね。
19日
何か時代劇&演劇の主人公的な人が多いですね…8月は
かの有名な義賊…
「鼠小僧次郎吉(ねずみ小僧)」が処刑されました。
盗みのターゲットは裕福で私服を肥やす大名など、そこから盗んだ小判を貧しい人達に振り撒く正義の泥棒!!
格好良いです!
(´∀`)
…ですが、それはドラマだけの話(笑)
実際に裕福な大名や旗本からお金を盗んでいたのは事実らしいのですが…
理由は…そのまま。
裕福だから金たんまり持っているやろ?
という事で狙っていただけのようで…
盗んだ金は貧しい人に振り撒く訳でも無く…
賭博に消えていったそうです…
ぶっちゃけ、ダメ人間です(笑)
では何故、正義の泥棒のように語られるようになったのか…
恐らく貧しい町人から見た場合、裕福で金に物言わせ、傲慢にも映る大名、旗本などが被害にあって…
ざまあみろ!!
みたいな感覚がヒーロー=鼠小僧という変化になったんじゃないんでしょうか?(笑)
処刑は「市中引き回しの上、獄門」であったそうです。
従来なら、市中を引き回され、野次馬などが集まり、晒し者にされた挙句、石など投げつけられたり散々な目にあって処刑されるのですが…
彼の場合、多くの町人が集まり、中には拝む人も居たそうで…
当時、やはり締め付られていた町人達には、締め付ける側であったであろう対象に一泡吹かせてやった鼠小僧は…
ヒーローのように映ったのかもしれませんね。
21日
実は8月は幕末最大の戦い…戊辰戦争関連が多く、会津戦争もいよいよ佳境に入ります。
「母成峠(ぼなりとうげ)」の戦いがありました。
23日
幕末の外国商人「トーマス・グラバー」が長崎に就任。
坂本竜馬と関係性が深く、幕末の戦い…戦況を大きく左右させた人物です。
会津戦争「会津若松城下の戦い」…
鳥羽伏見の戦いを経て、世の中が逆転…
倒幕派が新政府となり、いよいよ…幕府側が追い詰められます。
この戦争において、前に書いたブログで名前の出た「新島(山本)八重」(八重の桜ですね)…(6月は?だったかな)
そして、会津戦争…悲劇の象徴として語られる
「白虎隊」も飯盛山にてこの日「自刃」してしまいます。
白虎隊は年齢15~17歳で編成された部隊。
その他「玄武隊」「青龍隊」「朱雀隊」があり…中国の四神と言われる名前を冠しているようですね。
白虎隊はその中でも、いわば1番年少の部隊でした。
まだ若い彼らは、血気盛ん…そして初陣。
戦を経験していない為、怖い物知らずで、「手柄を上げてやる!」という気持ちだけが先走ります。
そんな彼らは、その日…戦を経験している隊長「日向内記」とはぐれてしまいます。
そして、血気盛んで「手柄を上げたい」という気持ちを抑えきれない白虎隊は…
隊長を待たず…ついには進軍してしまいます。
言わば勝手な単独行動、陣営から孤立した白虎隊は敵のターゲットに…
命かながら撤退し…19人の残った少年達は、戦う力も残されていない中…
それでも飯盛山の山頂を目指します。
そう、「城まで戻ればもう1度、戦える」との想いで…
それだけの想いで…飯盛山の山頂に辿りついた白虎隊の眼下に入ってきたものは…
燃え盛る城下町と…煙に包まれる城でした…
彼らは愕然とします。
「お城が燃えている…お城が落ちた…」
「俺たちは負けた」のだと…
血気盛んで、初陣で手柄を上げる事だけを夢にみてきた彼らに突き付けられる風景…
さらに戦闘で疲弊し正常な判断を失っていた事もあり…
彼らは主君の後を追う「自害」という選択をしてしまいます。
悲劇…
しかし現実はもっと残酷でした。
この時…
実際に城下町は攻撃されていましたが…
実は城は陥落していませんでした…
主君である「松平容保」も無事。
燃える城下町と立ち上る煙が…城が燃えていると…彼らに勘違いさせてしまったのです。
この後、会津藩は敗北するのですが…
言わば降伏という形で城を開城します。
あの時、隊長とはぐれなければ…
色々な偶然が重なって、大きく運命が変わってしまった白虎隊。
戦争の悲劇として語り続いています。
さてこの話…何故、現在まで語り継がれているのか?
実は自刃した19人の中…唯一生き残ってしまった「飯沼貞吉」という隊士がいたんです。
貞吉は死にきれずに生き残ってしまいましたが、この悲劇を語り継ぐ語り部として、後の世に「白虎隊」を語り継いでいきます。
その使命を果たしたのち…
天寿を全うし…
死後、飯盛山の山頂に眠る18人のお墓の隣に埋葬されます。
そう…数十年ぶりの友と再会となりました…
※ここが1番好きなところなんです(涙)
24日
戦国の大盗賊「石川五右衛門」処刑
またしても義賊系が!
私のこのブログの中の「研修日記」でたま出る「絶景かな~」はこの石川五右衛門が眼下に広がる京を見て、大見えを切る時のセリフです(笑)
石川五右衛門…
中には大凧に乗って、名古屋城の金の鯱を盗んだとか…
この石川五右衛門、史実としては殆ど残っておらず。
歌舞伎などのエンターティメントとして脚色された話の方が多い様子です。
実際にそんなファンタジックな記録も無く…
そもそも庶民に盗んだ金品を振りまいた記録も一切ございません。
しかし庶民には絶大な人気があったようで…
戦国の世…不安と貧しさに耐える庶民から見れば、私腹を肥やしているであろう大金持ちに一泡ふかせる石川五右衛門=ヒーローに見えたのでしょう…
ん?
なんか聞いたことあるっ!
同じ話を!(笑)
先程の鼠小僧と一緒やんけ!!
時代は違えど…考える事は同じなのか(笑)
名前も「ルパン三世」のおかげで(?)皆さんも1度は聞いたことあるお名前でしょう(笑)
ゴエモン風呂というのも、石川五右衛門が処刑された「釜茹の刑」から由来しているようですね。
28日
井伊直虎 没
戦国版リボンの騎士ですね。
最近でも大河ドラマになりましたので御存知な方も多いかな?
「おんな城主 直虎」です。
おんな城主といっても、当時は当然の事ながら女である事は隠されていました。
生涯、男性として貫き…
女であったと判明したのは…直虎の死後…ずっと後の「江戸時代」の時だそうです。
とまぁ…長くなってしまいましたが…
8月は…ドラマ&演劇部門で名を馳せる、人物の名前が多い月でしたね。
仕方ないけど「戊辰戦争」関連は相当、省きました…
さて、何回かこのシリーズ書きましたが…
不思議な事に…似たような出来事が…同じ月に集中したりするんですよね。
今回は…時代は違えど、同じような語り継がれ方をした、大泥棒…鼠小僧と石川五右衛門が同じ月に処刑されたのは偶然なのか…
はたまた…
輪廻なのか…
興味深いですね(笑)