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研修日記~2015秋~ 其の四

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カテゴリ:旅行・日記

皆様、こんにちは鴻巣市のスマイルハウスです。  



研修日記も第4回目となりました…

 


長くなってきたなぁ~

 


何せ書きたい事が多すぎて…(笑)  



もう少しお付き合い下さいm(_ _)m  



さて、今回は僕の中ではメインイベントの維新胎動の地「萩」のさら~に胎動の地  

 



松下村塾こと松陰神社です!


 


 


この松陰神社は幕末の思想家であり教育者であった吉田松陰とその門下生  


松下村塾の生徒を祭神し学問の神としております。


   



また東京都世田谷区にも同じく松陰神社があるそうです。  



で…吉田松陰と言えば  



NHK大河ドラマ「花燃ゆ」です!  



こちらのドラマは吉田松陰の妹である「文」の生涯を通して幕末~明治を描いたドラマですね。  



私の中では今まさに1番ホットな地です(笑)  



吉田松陰とは?  

(皆さん知っていると思いますが…)  



幕末の動乱期に、多数の門下生を輩出した「松下村塾」の師匠が吉田松陰です。



 その門下生は堂々たるや   日本で初めての内閣総理大臣「伊藤博文」を始め、同じく総理大臣となった「山縣有朋   幕末時にも久坂玄瑞高杉晋作などなど


 




まぁ1度は聞いた事のある名ばかり!!    



そしてこの門下生が勉学に励んだ場所…  



松下村塾がこの地に残されています。



   


かのスーパースター達(語弊があるけど)が実際にこの場所で松陰に教えを得ていたと考えると…  



超胸アツですっ!!!!  



さて、この吉田松陰ですが…

 


案内をして頂いた観光ガイドさんの話でも   一君万民論を理想とし


 

(「天下は万民の天下にあらず、天下は一人の天下なり」ですね)  



そしてその思想を実現し明治維新に貢献する人物を育てた  



新時代の先駆者である…  



その情熱的な人柄と思想で多くの人達が集まってきとの事です。  



超簡略的に言うと…  



武士も農民も関係ない、天皇を頭において、それ以外の世は平等である!

 


という思想を唱えた人物となるのでしょう…



観光ガイドさんの話やこの歌などを聞くと

 


ユーチューブ「吉田松陰」唄:尾形大作 www.youtube.com/watch?v=mFzp_EaurBA  


まるで聖人君子のようです。


 


↑吉田松陰肖像画  



  ※注意:ここより個人的な見解となりますので、語弊、誤認等があるかも知れませんので予めご了承下さい(笑)    




ただ、僕の好きな吉田松陰とは  




別人でした  




私の好きな吉田松陰は…聖人君子では無く  




クレイジーな人物

  (ホント好きな人はごめんなさい)    



東北旅行に行くのに死罪も有りうる脱藩をしていったり  



もしかするとこんなやり取りがあったかも…


松陰「東北旅行に行きたいから手形くんない?」


長州藩「ダメです」


松陰「んじゃ長州藩ヤメ(脱藩)ます」


長州藩「え???マジすか??」


※東北の海防調査と言う名目はあったようですが…    




黒船が来航した時…  



「外国に対抗するには、その外国文明自身を徹底的に知ろう。」  



と小舟で黒船に乗り込みます。

 


ガイドさんからもこのように聞きました。  



これだけだと情熱的な行動です。    




ただ、僕の好きな松陰はちょっと違います。




盗んだ小舟で    




横付けして乗り込みます。    




完全に手口が暴走族です。  





そして案の定…  



その場で

追い返させられました。




挙句の果てに牢獄に入れられます。  



なんというか…とってもファンキーな人物です(笑)


(ここでのファンキーは米俗で「一風かわった」な意味合いです)  



あっ   因みに松陰は生涯5回も牢獄へ入れられています。  




ぶっちゃけ




常習犯です(笑)  




ですがこのクレイジーな行動はペリー提督をたいへん驚かせ  



「厳しい国法を犯し知識を得るために命をかけた2人の教養ある日本人の激しい知識欲は興味深い。」  



と後のペリー来航記にも残されています。  



さて、この後…いわば仮釈放となり自宅謹慎処分となった身の松陰が自宅の納屋を改築してご近所の人達を招いて講義を始めます。  




これが松下村塾のはじまりです。    



ですが…その後、仮釈放の身でありながら当時幕府の老中…  



大老「井伊直弼」の側近「間部詮勝」の暗殺を計画します。  



尚且つ  



松陰「ちょっと老中暗殺したいから何かいい武器を用意してくんない?」  



と長州藩に持ちかけます。  



当然の事ながら長州藩は  



「コイツ…ヤベェ」  



てな感じで再び松陰を牢獄へ拘束させます。    



そんな暴走機関車気味の松陰を弟子達は心から心配をし  




「師匠、とっ…とりあえず……落ち着けよ!」  



と記された血判状まで出してなだめようとします。  







そこで弟子達の優しさと気持ちを知った松陰は弟子達に対し…          

















絶交します(笑)      




またしても ファンキーです!!    



その後、とある疑いで幕府の役人に取り調べを受け…  



「コヤツ怪しい奴め…」との事で松陰は斬首となり短い生涯を閉じましたとガイドさんが説明して下さいました。  




世に言う「安政の大獄」です。    




が、実際は 疑い自体は軽微なモノだったようなのですが




 


そこは幕末暴走機関車ファンキー松陰です。




聞かれてもいないのに  




いつぞやの老中暗殺計画を自ら暴露してしまいます。  


※幕府に意見を述べるチャンスがそうはないので、自分の考えを述べるにはここしかないと思ったのかも知れませんね。  




これが原因で斬首となってしまったようです。



この8年後…  




松陰の思想を継いだ弟子達が  



明治という新時代を築きます。  



これが私の好きな吉田松陰像です。  




散々、クレイジーファンキーだと言ってきましたが…  



これ   松陰に対して  




最大級の賛辞  




だと私は思っています。    



なぜなら吉田松陰自らを狂人であると称し  




また若者達へこんな言葉を残しています。




「諸君!狂いたまえ!!」   と…  




聖人君子であるよりクレイジーである方が松陰にとっては嬉しいのではないかと…  



そう考える今日この頃です。    



因みに松陰が広めたもので   意外と知られていないですが…  



今も凄く身近に残されているものがあります。   気付いている方もいたかも知れませんが…      



随所に僕、私との一人称を無理やり入れてきました。    



実はこの1人称…松下村塾で使われ広がったものらしいですね。

諸説あるかもしれませんけど)  



また、○○君○○さんもこの松下村塾で日常的に使われて主流になったようです…  



維新がなされなければ未だに「拙者」とか「○○殿」とか日常で使っていたのかもしれませんね(笑)  



まだまだ書きたい事があったのですが松下村塾編はここまで…  



次回、研修日記2015も最終回になります。


  (えっ?まだやるのかよ~って言わないように《゚Д゚》)  



最後にもう1度  



「諸君、狂いたまえ!」  



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